ビル、アパート、マンションの貸主は安定した賃料収入を得るために、入居希望者の家賃の支払能力を審査する。それは、「約束どおりに家賃を支払うだけの収入、資力があるか」ということを判断するためである。
加えて、貸主は、借主が、約束を守らず家賃の不払いをした場合、また、貸室を破損したまま退去したような場合など、借主の債務不履行に備えて、敷金、保証金などの一時金を預かる場合が多い。このように家賃不払いのリスクを回避することは貸主の当然の対応ともいえる。
一方、借主の立場に立つと預けている敷金や保証金が退去時に確実に返還されるかどうか心配である。敷金や保証金などの預け入れ金は賃料の2か月ぶんくらいから、店舗や事務所になると十数ヶ月ぶんにのぼることもあり、借主にとっては非常に大きな負担である。その多額の敷金、保証金が確実に返還されるかどうかという問題は借主にとって非常に大切な問題である。
特に貸主が資力を失った場合、約束どおり保証金が返還されるか非常に不透明である。事実、バブル崩壊後は借主が預けた保証金が約束どおり返還されない事例が多く見受けられた。このような事から近年は物件を借りる際、家主の資力を客観的に判断する為に不動産登記簿などを通じて賃貸物件が借入金の担保に供されていないかを調査するようになってきている(宅建業者の重要事項説明義務事項になっている)。貸主が家賃の支払能力を審査するように、借主も貸主の資力を審査する時代になってきたのだ。
さらに平成15年に改正され平成16年4月に施行された改正民法、民事執行法では借りている物件が貸主の事情で競売に付された場合、その物件に設定されている抵当権よりあとに締結された賃貸借契約は、競売によってその物件を新たに買い受けた者に対抗できないこととなった。
つまり、新たな買受人は賃貸人の地位を引き継ぐ必要がなくなったのである。これにより、借りている物件が競売によって所有者が変わった場合、当初の貸主に預けた保証金を返還してもらえる可能性がほぼなくなってしまったどころか、場合によっては6ヶ月の猶予をもって物件を明け渡さなければいけなくなったのである。まさしく借主にとっては貸主の資力に左右される不安定な立場になってしまったのである。
法改正前は一定の要件を充たす(3年以内の建物賃貸借契約など)借主は保護され、競売による新たな買受人は賃貸人の地位を引き継ぐこととなっていたので、競売に付された場合でも新たな買受人は契約満了まで賃借することができ、借主は新たな買受人に対し敷金や保証金の返還を求める事ができた。
このようなことから最近では、店舗や事務所など多額の保証金を貸主に預けるような場合、借主の立場では、どのように保証金返還の権利を担保するかが重要となってきている。多額の保証金を預ける代わりに借りている物件を担保に抵当権を設定したり、保証金返還に関して連帯保証人をつけてもらう、ということが考えられるが、これまでの取引慣習を考えると実際にはまだまだ運用しづらい部分もあるようだ。
前述した民法、民事執行法の法改正や、普及しつつある定期借家制度(契約期間が満了したら確実に終了する賃貸借契約)そして昨今の賃貸物件の供給過多による競争激化を考えると、これからは多額の敷金、保証金などの預け入れ金は、あまり意味を成さなくなってきているのではないかと考えられる。
借主にとっては退去時まで動かせずに眠る効率の悪いお金、貸主にとっては必ず返すお金であり、金額が少ない方が互いのリスクは少ないといえるだろう。