決算書を理解することで、不動産投資についての考え方が変わるという話の後編です。
先月公開された前編では多くのコメントや質問を、Twitterを通じていただきました。
前編のコラムを「純資産を増やすためにはできるだけ短期の返済計画を組んだ方が良い」というように理解されている方もいましたが、そういうことではありません。また、「返済期間はできるだけ長く取るべきだ。残債を減らしたいなら繰上返済すれば良いのだから」というご意見もありました。
あのコラムは返済期間の長さについて論じている訳ではなく、キャッシュフローだけに拘って投資をしても、決算書(貸借対照表・損益計算書)には特に関係がないという話をしています。
銀行から提示された返済期間が思ったより短くても、良い物件であれば購入すべきですし、返済期間をいたずらに長く取ることでキャッシュフローを増やしても、その投資が本質的に良くなった訳ではない・・ということです。
「自己資金を使う」ことは「資産が減る」ことではない
決算書を理解できるようになると変わってくる考え方として、キャッシュフローと並んで大きなものは「自己資金」についてです。
不動産を買う際、極力まで自己資金を使わずにいたいというニーズは強いです。
しかし決算書上においては、物件を買う際に自己資金をどれだけ使ったかはほとんど影響がありません。まず、損益計算書(P/L)を見てみましょう。
損益計算書は、企業の収益と費用が記録されるものですから、不動産を購入した際に「費用」として計上されるのは、登記費用や金融機関の融資手数料です。購入した不動産は、建物や設備のみ減価償却ということで耐用年数に応じて分割されて毎年費用計上します。
不動産を購入する際に、「お金をいくら借りたか」は登記費用(抵当権設定費用)に影響があるだけです。あとは支払いの利息が変わってくる以外に、損益計算書上での差はありません。
また、貸借対照表でも思ったほどの違いはありません。
例えば手持ちの現預金が1千万円の状態で、それを全額拠出して1千万円の不動産を購入したとします。(分かりやすくするために、諸費用は無視して考えます)
【購入前】
資産 現預金 1,000万円
負債 なし
【購入後】
資産 土地・建物 1,000万円
負債 なし
自己資金を拠出しても、B/S上の資産である「現預金」が「土地・建物」に変わっただけで、資産は増えも減りもしません。本能的には「お金を支出した。減った」と感じてしまいますが、これも決算書の知識で修正することができます。
前章で例に挙げた元金返済のケースと同じですね。現預金だけが資産ではありません。
また、逆に現預金には手を付けず、全てを借入によって賄った場合、貸借対照表は下記のようになります。
【購入前】
資産 現預金 1,000万円
負債 なし
【購入後】
資産 現預金 1,000万円
土地・建物 1,000万円
負債 長期借入金 1,000万円
総資産としては2,000万円に増えましたが、純資産は同じです。不動産を買っただけでは、諸費用の支出を除けば資産は増えも減りもしませんし、現金をいくら使ったかも影響しません。
もちろん、「現預金は常にある程度キープしておきたい」「総資産が増えるのも大事だ」という考えは否定できませんが、現金を多く拠出した場合は金融機関が非常に重視している「自己資本比率」を高くキープできるという利点があります。
どちらの場合もそれぞれメリットがありますから、一概に「自己資金を出す=ダメ」という考えはすべきではありませんね。
隠れた損益は決算書には出てこない
金融機関が最も重視する貸借対照表が理解できると、「不動産を購入した場合、実際の市場価値がどうであれ、購入した金額が資産として計上される」という仕組みに気づきます。
購入直後に転売しても十分に利益がでる不動産であっても、逆に相場の2倍で高値づかみしてしまった不動産であっても、同じ金額で購入した不動産は決算書上では同じ価値です。
これは、不動産に限らず車や絵画のような資産計上される動産でも同様です。
こういった「実際の価値や利益・損失と、貸借対照表上の数値が違う」ことを、よく「含み益」とか「含み損」という言い方をします。
もちろん、融資の審査をする金融機関は保有している不動産と金融期間内の査定結果を定期的に比較して、含み益や含み損を見積もったりはしますが、それもあくまで決算書の補完でしかありません。
簡略化して例を挙げてみます。アパートを2棟保有している法人の貸借対照表です。
資産 現預金 500万円
土地建物 4,000万円(アパートA・Bとも2,000万円)
負債 長期借入金 3,500万円(アパートA・Bとも1,750万円)
上記の場合、法人の純資産(資本)は1,000万円。
自己資本比率は「純資産÷総資産」ですから、1,000万円÷4,500万円=22.2%
仮にそれぞれの物件が買値より高く売れて、実際の「資産」がもっとたくさんあることが確実だとしても、それは決算書上には直接反映されることはありません。
お金がたくさんあるのに物件を売る理由
そこで「不動産の売却」が大きな効果を発揮します。
先ほど、不動産を買うこと自体は決算書に大きな影響を与えないとお話しましたが、売却するときは違います。
先ほどの事例で、持ち物件のひとつが2,500万円で売却できたとします。
売却後の貸借対照表は以下のようになります。
資産 現預金 1,250万円(手持ち500万円 + 売却金額と残債の差額750万円)
土地建物 2,000万円
負債 長期借入金 1,750万円
含み益が顕在化し、現預金のところに数字として表れたことで、法人の純資産は1,500万円に増加。自己資本比率も46.1%に改善しました。
決算書をよく理解しないと、「不動産の売却」は単に「自己資金が増えるけど、家賃収入は減る」くらいの現象でしかないように思えますが、実は金融機関からの見え方がまったく変わるようなインパクトがあります。
物件をたくさん保有している大家さんが、現金に余裕があるにも関わらず、割と定期的に資産の入れ替えを行っているのは、こういった決算書上の理由も大きいのです。
決算書の仕組みを理解すると、キャッシュフローより純資産。総資産より自己資本比率を重視した投資をするようになるのではないかと思います。
もちろん、投資のスタイルは人それぞれですが、決算書が良くなる投資はそのまま金融機関にウケが良い(=規模を拡大しやすい)投資につながりますので、しっかり勉強する価値はありますよね。