<前編のあらすじ>
そもそもの着想点は、筆者が実際に直面した更新料についてのトラブルです。東京都内にある築53年の木造アパートで、建て替えに伴いオーナーが借家人全員に立ち退きを依頼した際、借家人の1人が「既払いの更新料を返還してほしい」と家主に要求してきたのです。
前編では、京都地方裁判所による更新料の無効判決を紹介し、更新料がどういう性質の金銭なのか議論を深めました。そして後編では、ついに判示された最高裁の判決内容を読み解き、結論として更新料は借家人に返還すべきかどうか?―― 以下、その核心に迫ります。
最高裁による「有効判決」で更新料に対する見解が統一される
高等裁判所でも判決が割れるなか、最高裁判所は2011年7月15日に「更新料は有効」との判決を下しました。これにより、裁判所によって二分していた見解が統一され、これまで「習慣」として定着していた更新料の支払いが事実上、是認されました。最高裁の判決を要約すると、次のようになります。
1.更新料は、一般に賃料の補充ないし前払い、賃貸借契約を継続するための対価などの趣旨を含む複合的な性質を有する金銭である。
2.一定の地域において、契約期間満了の際、賃借人が賃貸人に対し更新料の支払いをする例が少なからず存することは公知(一般の人が事実関係に疑いを持たない程度に世間に知れ渡っている)である。
3.賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料特約は、更新料の額が「賃料の額」や「賃貸借契約が更新される期間」などに照らし、高額過ぎるといった特段の事情がない限り、消費者(賃借人)の利益を一方的に害するものには当たらない。
京都地裁が否定した更新料の法的性質を完全に覆し、有効性・合理性を認めたのが最高裁判決の特徴です。更新料は通常、賃料とともに賃貸経営の収益の一部を構成しており、他方、賃借人にとっては物件を継続使用する対価としての意味合いがあるというのが最高裁の解釈です。更新料を家主に支払うことで、賃借人は円満に住み続けられるのです。
2番目の公知の事実については、拡大解釈すると「習慣」として定着した更新料の授受を「決まり事」として追認した印象があります。あくまで個人的な見解ではありますが、公知の事実を既成事実と同視し、更新料の支払い慣行が「当たり前」となっている現実にかんがみ、結果として更新料の有効性を肯定した格好です。
3番目は更新料(額)の妥当性についての言及です。更新料の授受が有効に成立するには、その金額としていくらまでなら受忍できるのか?―― 最高裁は賃借人の利益を侵害しない範囲が1つの基準となる旨、示唆しています。
残念ながら、それ以上の具体的な言及はないのですが、判決では「更新料特約が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され、賃借人と賃貸人との間に更新料の支払いに関する明確な合意が成立している場合、更新料は合理性を有する」と説明しています。賃貸人が情報量や交渉力を武器に賃借人の利益を一方的に害していないことが、すべての前提条件となるのです。
既払いの更新料は借家人に返還すべきか否か?
以上より最後、東京都内にある築53年の木造アパートで、既払いの更新料を返還してほしいと訴えてきた借家人の要求に家主は応じるべきか考えてみましょう。
「建て替えに伴う立ち退きという貸し主都合の退去明け渡しですから、更新料の取り扱いについて、私なら家主に全額返還するよう勧めます」と語るのは、明和不動産(静岡県磐田市)の鈴木哲也社長。これに対し、ファイナンシャルプランナーで宅地建物取引士の馬渡初代さんは「オーナー都合による退去依頼であったとしても、迷惑料という名目で金銭の支払いがあった以上、これをもって解決を図るべき」と、返還請求へ疑問を呈します。
肝心の立ち退き要求された木造アパートにおいては、既払い更新料の半分を返還することで決着しました。「半額の返金」=「両者による折半」=「和解」という意味合いです。「争ったところで、どちらの利益にもならない。既払い更新料の折半が双方にとっての落としどころではないか」と、馬渡さんは一定の理解を示します。
同様のトラブルを起こさないためには、意見の相違(誤認)が生じないよう事前の合意に努めるのが最善です。最高裁は「更新料特約が有効であるためには、賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料特約でなければならない」と、更新料の有効性基準を示しました。
賃貸借契約は、家主が物件を借家人に使用させることを約し、借家人がこれに対して賃料を支払うことを約することによって成立します。同じ轍(てつ)を踏まないためには、更新料の合理性や借家人の負担割合、更新料特約の性質について借家人の認識などを考慮し、契約書にはっきりと更新料の取り扱いを明文化する必要があります。これからは「当たり前」とされた惰性による更新料の取り扱いから決別し、有効性基準に従い更新料を取り扱うのがトラブル低減への第一歩となります。